Greeting
住み続けたい武蔵村山市を目指して
清水あやこのHPをご覧いただきありがとうございます。これまでの政策提言、私の考えを皆様にお伝えできれば幸いです。
市政は、市民の皆様の大切な税金で運営されています。その一円一円を無駄にすることのないようしっかりとチェックしています。
また、市民の皆様との多くの対話を通じて、武蔵村山をこうしていきたい!という明確なビジョンを持っています。市民の皆様と共により良いまちづくりを推進してまいります。
Profile
基本プロフィール
- 生年月日
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1979年4月24日
- 出身
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神奈川県藤沢市(結婚を機に武蔵村山市へ。在住20年以上)
- 学歴
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蒲田保育専門学校 卒業
- 資格
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保育士 / おりがみ講師
- 家族
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夫(自衛官)、子ども3人(うち2人は成人)
親族: 叔父 衆議院議員 古川康(元国土交通副大臣・元佐賀県知事) / いとこ 衆議院議員(元厚生労働省官僚) - 趣味
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読書
- 好きな言葉
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「人間、やさしささえあれば、やらなきゃならねえことはきっとやるもんだ」(絵本『モチモチの木』より)
- ちょっとした自己紹介
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O型・左利きです。
Story
生い立ち
子どもの頃
父は、横浜市役所の職員で、「横浜市こども植物園」の園長などを務めていました。私の部屋には、父の植物の本や昆虫の標本、押し花などがあり、休日の家族のお出かけは、植物園、たけのこ堀り、父主催の道端の草を食べながら海まで歩くウォークラリーなどであり、自然と共に育ちました。
自宅にいても、横浜の樹木が台風で倒れた連絡があれば、雨の中仕事に出かけていく父に、「公務員の仕事の責任」を感じ取っていたように思います。
私が生まれたのは、昭和54年4月24日。父が任せられていた「横浜市こども植物園」の開園は、同じ年の6月23日。さらに「よこはま花と緑のスプリングフェア」も担当していたため、当時は私の誕生も重なり、父も母も慌ただしい日々を過ごしていたのではと思います。
学生時代
不登校の子どもが通うフリースクールや、障がい児・者とレジャーに出かけるボランティア活動に参加しました。また、学区内には児童養護施設があり、施設で暮らす子どもたちが身近にいる環境で育ちました。こうした経験が、後の進路に大きな影響を与えました。
社会人
保育士資格を取得後、児童養護施設に就職。虐待や親との死別など、さまざまな事情で家庭で暮らせない子どもたちと向き合う中で、貧困の連鎖、消えない心の傷、愛情を求めるがゆえに起こす問題行動、社会の見えにくい課題を実感しました。「生まれながらに悪い子どもはいない」という思いを強く持つようになりました。
その後、母子生活支援施設に勤務。DVや貧困などで困難を抱える母子を支える中で、女性が子育てと生活を両立することの厳しさ、そして親子の時間さえ十分に持てない現実を知りました。
結婚後
結婚後、知り合いのいない武蔵村山で子育てをスタート。保育園で働きながら多くの家庭と関わる中で、外からは見えにくい悩みや問題が、どの家庭にも起こりうることを実感し、地域で支え合う必要性を強く感じました。
「すべての子どもに幸せであってほしい」「親子の時間を大切にしてほしい」という思いから子育て支援のNPO法人「子育て未来ネットこどもと」を設立。代表理事に就任。武蔵村山市の委託を受け、空き家を活用した親子のひろば「子どもカフェみんなのおうち」「武蔵村山市子ども食堂」など立ち上げ、子育て支援活動に取り組んできました。
市議会議員として
現在は子育て支援にとどまらず、市全体の課題に取り組んでいます。多様な価値観を尊重しながら、市民一人ひとりがより良く暮らせるまちづくりを目指します。
これまでの議会の役職等
◯常任委員会等の委員
- 厚生産業委員会(委員長)
- 建設環境委員会(副委員長)
- 総務文教委員会委員
- 議会運営委員会委員(新政会副代表)
- 交通対策特別委員会(委員長)
- 横田基地の民間機利用促進等に関する調査特別委員会委員
◯その他の委員会等の委員
- 市議会個人情報保護審査会委員
- 議会報編集委員会(委員長)
◯一部事務組合等議会議員
- 小平・村山・大和衛生組合議会(副議長)
- 瑞穂斎場組合議会議員
◯協議会委員等
- 三多摩上下水及び道路建設促進協議会委員
- 土地開発公社評議員
- 青少年問題協議会委員
- 民生委員推薦会委員
- 都市計画審議会委員
- 地域公共交通会議委員
Musashimurayama
他から来たからこそ、見えるものがある
結婚を機に武蔵村山市へ移り住みました。今では、藤沢市よりも、武蔵村山市の生活が長くなっています。
他から来たからこそ気づけた発見が多く、しがらみにとらわれない立場で活動しています。一方、武蔵村山に住んで20年以上経つため、武蔵村山への理解も深まっています。
市議会の仕事を通して、これから更に武蔵村山市を発展させていけると感じています。
〜安心できる優しいまち武蔵村山に〜